・例外となってしまっているカード

ここまで足して20となるカードたちの解説をしたが、まだ残っているカードたちがある。以下でそれらを解説する。

10番、運命の輪は「現実における運命の終わり」を意味する糸車である。タロットにおける運命の輪はフォルトゥーナという女神から来ているとされ、それを根拠に「運命とは気まぐれである」という話で語られるのだが、本来運命とは絶対的なものである。この糸車の考えは人の人生を女神が紡いでいるという考えから来ている。では何という女神なのかというと、幾つも存在するのだが、最もわかりやすい例がモイライである。三女神であり、まず運命の糸をクロートー(紡ぐ者)が紡ぎ、次にラケシス(長さを計る者)が計り、最後にアトロポス(不可避のもの)が糸を切ってしまう。このことは運命の絶対性を女神が握っていたことを意味し、決して気まぐれな運命など存在し得ないことが分かる。隠者の後に運命の輪が描かれていることは、すなわち隠者の運命の糸がアトロポスによって切られてしまったことを意味する。そうでなくては話にならない。

以上を踏まえたうえでマルセイユ版以外のタロットでは運命の輪がどのように描かれているのかを見てみよう。ヴィスコンティ版では老人の上に車輪が乗っかっており、車輪の中央には目隠しをした女性が、頂点には貴族風の子供が座り、左右には車輪を回す子供が二人描かれている。こんなことをしたら老人の死は必然である。この絵の何処が気まぐれを意味すると言うのだ。ウェイト版では下敷きになっているのは有角の赤い悪魔であり、車輪に乗っているのは剣を持つスフィンクスで、これは女性である。

この通り、図像を見れば「運命の輪が人生の最後を意味する」と多くの作者が考えていることは明白である。下敷きになっている老人と悪魔は共に生贄、聖王を意味し、殺すのは常に女である。

タロット運命の輪

20番、審判は、最後の審判を意味しているとされるが、このカードはキリスト教的な考えと、古代宗教的考えが合体しているので「こういう意味です」などと簡単には言えない。

20番審判は、上半分が『最後の審判』の図像で、下半分が『王の復活』である。綺麗に二つに分かれているので、何だかお得な気分になってしまう。

本来、10運命の輪が『現実世界での死』を表すのならば、20審判は『天界での死』すなわち『現実での誕生』を意味しなくてはならない。足して20にはならないが、10は前半最後のカードであり、20は後半最後のカードである。

しかし最後の審判は現実での誕生を意味しない。最後の審判とはキリスト教における終末のことであり、簡潔に言えば神の子イエスによって罪が許された魂が天へと昇ることを意味している、らしい。正直なところ、「最後の審判でその者の魂が天国か地獄かを決定する」と言っている人もいたので、分からない。なんにせよ、運命の輪と意味が被ってしまっている。ともかく、最後の審判には輪廻転生、現世への誕生という意味はない。

今一度20審判の図像をよく見てみよう。『最後の審判』では全ての人が対象であるにもかかわらず、20審判のカードには棺から生まれる一人と、その傍らに男女が存在していることが分かる。すなわち、20審判の下半分に描かれた図像は、最後の審判ではないことが分かる。ウェイト版においては全ての人が棺から蘇っているが、これは最後の審判という思想によってタロット20番の下半分を整形したのであろう。

もう一度言うが、マルセイユ版20番審判に描かれた図像とは、上半分が最後の審判で、下半分が王(太陽神)の復活である。右の男は天使(元は女神であったのだろう)を見上げているが、左の女は右を向いている。この女は復活した人を見ているのではなく、右の男を直接見ている。則ち、男が天を見上げるのは、もうすぐ(左の女の手によって)自分が殺され、天にいる女神と結婚できると思っているのである。11力と同じで、決して女が悪側というわけではない。「そうあってしかるべき」という超古代信仰における考えがそのまま残っている。このことに関して言えば、それ以外の見方は無いと思うのだが、「マルセイユ版の20審判は上下に分かれてしまっている」といったような言説を筆者は今まで見たことも聞いたこともない。

タロット審判

そして、21番世界と愚者だが、「21世界は世界女神の事である」と仮定するならば、愚者とは一体何者なのだろう。マルセイユ版の愚者には数が与えられていないが、旧来のタロット占いにおいて、愚者は他のカードとは混ぜずに傍らに置き、度外視していたらしい。しかし、そんな無くても良いカードをわざわざ作る必要があったのだろうか。

かたや世界は女神の周囲に動物と天使が描かれているのだが、この周囲の4存在は何者なのだろう。これらをキリスト教的に解釈することも出来るのだろうが、古代宗教的に考えるならば中央の女性は世界女神であり、周囲の存在は四つの季節を表していると考えるのが妥当である。しかし、古代においては五つの時節があるとされていた。すると一つ足りない。

ここでウェイト版の運命の輪を見て欲しい。世界と似ている。ここから21と10を組とするのは早計であるが、ウェイト版の運命の輪には四隅の存在ともう一つ、蛇が描かれている。ここで生贄の話に戻ろう。生贄とは天の女神と結婚する季節神とされていた。すなわち蛇も、四隅の存在も、それら全てが季節を表し、一年と言う周期(五つの時節)を表している。それら全てを背負うのが下敷きになる老人、前王、悪魔、生贄なのである。となると、やはり世界には「中央の女神と四つの存在」しか居ないのは変に思えてくる。生贄は死後、天の女神と結婚すると考えられていた。生贄は季節神であった。しかし、世界の図像には五つ目の時節が存在しない。以上の事から「21世界と愚者は本来一組の存在であった」と考えられないだろうか。愚者と21世界には、かつて男が愚かで、女こそが知恵と力あるものとされていた差別的な思想が残ってしまっているのではないだろうか。

世界の図像では女神が王笏(女帝や皇帝が持っている)を持っているが、これが男性性を意味すると考えて、愚者を見てみよう。男性器を狙う犬が居る。これはアルテミスの犬であろう。すなわち、世界と愚者をセットで見るならば、女神は愚者の男性器のみを求めているということになる。と思うのだが、間違いだろうか。もし間違いではないのなら、「世界にはプレアデス不在の期間が描かれていない」と考えられる。

タロット世界
タロット愚者

・愚者について

 先ほど、愚者は21世界と統合したほうが良いと述べたが、これは愚者の存在が全く無駄なものであるという意味では無い。愚者を消すのではなく、世界の中に入れたほうが良いということである。仮に大アルカナが女神信仰を図式化したものであるならば、世界に描かれる女神にとって結婚相手となる英雄が必要になる。おそらくタロット世界に描かれた女神の許となった女神はガイアではなくエウリュノメーで、対となるはずの愚者はオピオンなのだろう。以下に簡潔に彼女らの関係を記す。

エウリュノメーとオピオンは、最初のオリュムポスの支配者たちであった。オピオンがクロノスとの力比べに負けた後、オピオンとエウリュノメーは、クロノスとレアーに王権を譲り海へと姿を消したという。また、原ギリシア人であるペラスゴイ人の神話によれば、エウリュノメーは単独でオピオンを産み、その次にオピオンと交わり、世界卵を産んだ。エウリュノメーはオピオンに卵を暖めろと命じ、オピオンはそれに従った。その後孵化した世界卵から生まれた世界を見てオピオンは、「世界を作ったのは自分だけである」と宣った。そのためエウリュノメーは怒り、オピオンを踏みつけたうえで牙を抜き、地下へと追放した。

つまるところ、愚者とは元々「天界から地上へと落とされたオピオン(男)」を意味するカードであると考える。すると愚者もやっぱり必要に思えてくるのだが、地上へと落ちた英雄オピオン自体は、1魔術師として描かれている。

結局、何が言いたいのか。21世界とは男と女、則ち全てを表すカードであり、その図像には女だけでなく男が描かれていなければ不自然である。しかし、古代において女は世界女神が現実に現れたものと考えられ、男は愚か者とされていた。それゆえ全てを表すはずの21世界は、女神だけのものとなり、あぶれた男は愚者として分離させられたのだ、と考えられる。また、男性の生殖能力だけを評価するのは差別的である。故に、愚者と世界の図像をこのままにはしておけぬ。

・図像に関する結論

 これにてマルセイユ版タロットの図像を全て解説したわけだが、此処から導き出せる答えは、『ローマ対反ローマ』という復讐の物語と、古代からの女と男の対立構造が組み合わさってしまっていることが分かる。

扱うモチーフにも混乱が見られる。ジャン・ノブレの描いた右と左のリズムは、キリスト教的図像と異教的図像が綯交ぜになった結果、狂ってしまっている。

しかしマルセイユ版の全てがおかしいというわけではない。右と左のリズムの根本には古代エジプトに代表される太陽崇拝が存在しており、ギリシア神話の正義の女神、北欧神話の吊るされた神オーディンなど、ルネサンスの試みが各所に見られ、それら異教の神話とは繋がっている物であるという汎神論的考えによってタロットが作られていることは驚異的な事である。

そのうえで、マルセイユ版における図像の問題を、解決しなければならないことには変わりない。その基準となる上で大事になるのは『数』である。特に、タロットにおいて『21』という数字は重要な意味を持つ。そのため全体の枚数を21枚にする必要が出てくる。故の世界と愚者の統一である。もちろん、そう考える理由は世界というイメージだけから来るものではない。ここからは数の視点から理由を説明する。

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