この記事は、息子の優音(ゆうと)がマルセイユタロットカードを考察した文です。前編、後編の構成です。

🔸前編🔸

マルセイユ版タロットの問題について

1.経緯

著者は独学で神話を学んでいるうちに、タロットについて調べることとなった。そこで、マルセイユ版タロットという作品群に辿りついた。とても興味深い作品群ではあったのだが、調べれば調べるほど、マルセイユ版には問題があることに気付いた。そのため、タロットを再構築し、一貫した形に整形しなくてはいけないのではないか、という思いに駆られた。

マルセイユ版タロットには問題がある。とは言っても、創作物とは、それが道具であれ、芸術作品であれ、作者が完成させた時点で受け取り手は「 作者が意図した形で完成させた作品である」と考えるしかない。また、変更を加えるのなら、そうでなければならない理由を説明する義務があるだろう。以降はそのための文章である。

2.タロットについて

・タロットとは

まず、タロットとは何だろうか。端的に言ってしまえば、15世紀に生まれたカード(札)である。それは遊具、あるいは占術のための道具であった。

タロットは多くの人々に親しまれているのだが、タロットに関して大きく分けて二つの見方が存在することは知っておかなければならない。

一つは、 「タロットとはプレイング・カード (トランプ)から派生した物であり、元は遊具であったものに絵札を追加していったものでしかない」とする考え。

もう一つは、 「タロットには神秘思想が描かれているため、プレイング・カードとは全く違う作品である」とする考えである。

先に筆者の考えを述べると、「小アルカナはプレイング・カードから派生した可能性が高い」

そして、

「大アルカナは神秘思想が描かれており、本来プレイング・カードとは全く違う作品である」

タロットを『大アルカナ』と、『小アルカナ』に分けて考えれば、タロットに対するこれら二つの見方を、一つにすることができる。

・タロットに描かれる二つの思想

今となっては当たり前になってしまっているが、大アルカナの図像——マルセイユ版に限らず——には、キリスト教的なもの (審判)と、そうでないもの (運命の輪など)が混在している。この事実は大アルカナの中に『キリスト教』と「『異教』という二つの思想が入り混じっていることを意味する。

中世ヨーロッパにおいて、キリスト教が「『異教』とした宗教群は、ギリシア、ローマ神話などであり、それ則ち古代の宗教群であった。また、そのような信仰を持つ異教徒をキリスト教化することは 「キリスト教の教えによって異教徒を正しく教育する」という意味であった。

・タロットの歴史

ここで一旦、タロットの歴史に焦点を当てよう。最も古いタロットとされるヴィスコンティ版タロットは15世紀前半に作られたとされる。また、タロットの原型とされるカードに『トリオンフィ』という物がある。

トリオンフィも記録によれば15世紀(1418年 から1425年 )に製作された物が最も古い。ちなみに、15世紀という時代は、ローマ帝国が国教をキリスト教に改めた380年に続き、キリスト教以外の信仰禁止を定めた392年から数えて約1000 年後の時代である。タロットは古代の数札遊びからの影響を受けているという事は事実である。

タロットを論ずる者の中には、 「プレイング・カードこそがタロットの原型である。すなわち元々宗教的意味のなかった遊具に、何かしらの思想を加えて成立させたものがタロットである」と断言する者も居る。しかしそれは間違いである。正しく言うなれば、

「古代の数札こそが、小アルカナの原型である」 。

・タロットとプレイング・カード (トランプ)の関係

現存する最も古いタロットとされる『ヴィスコンティ版』が描かれた時期を、15世紀前半である、と確定させておこう。そのうえで、プレイング・カードの起源について考えてみよう。

プレイング・カードの起源には諸説あるが、現在では中国説が有力視されている。麻雀の起源であるとも考えられる馬弔( マーディアオ)が西欧へと流入したという説であり、マーディアオは12世紀以前には存在していた。則ちプレイング・カードはヴィスコンティ版タロットよりも古い遊具から派生している。更に言えば麻雀とプレイング・カードは兄弟姉妹のような関係である。

西欧におけるプレイング・カードの記録は、11世紀の文献に纏まって存在しているため、11世紀にはプレイング・カードという形で存在していたことが分かる。また、古い小アルカナの数札の殆どに人物は描かれておらず、 『女王』『王』『騎士』『従者』のみに人物が描かれていた。ここから騎士を排除すると、プレイング・カードと同一の形となる。

これらの事から 小アルカナはトランプと構造が殆ど同じである」と言うことが分かる。

しかし、プレイング・カードを知っている者ならば此処で疑問に思うだろう。『ジョーカー』である。現在、殆どの場合においてジョーカーはデッキに1枚か2枚入っており、3、4枚と多い場合もある。しかし、プレイング・カードには、元々ジョーカーは存在していなかった。

ジョーカーは19世紀にアメリカで流行った『ユーカー』というゲームにおいて使う、最

2高位の切り札として追加された。ユーカーではジャック( J)が切り札において 「rightbower」と呼ばれ一番強く、切り札と同じ色のジャック (例えばright bowerがJのミツバの♣️ なら、Jの♠️が 「 left bower」と呼ばれて二番目に強い。ジョーカーはこれに加えて「 best bower」という名前で3 枚目の切り札のジャックとして追加されたものである。このことはユーカーにおけジョーカーが、愚者の起源であることを示すのだろうか。

そんなことにはならない。ユーカーは19世紀にアメリカで流行ったゲームである。つまり、19世紀に産み出されたジョーカーは、15世紀に既にあった愚者よりも明らかに後発の存在である。

ジョーカーが愚者の影響を受けているか否かについては、この際どうでもよい(おそらく受けていない) 。問題なのは、初期のデッキにジョーカーが元々無かったのならば、残るは数の描かれた札とキング、ジャック、クイーンである。故に、プレイング・カードと小アルカナは、殆ど同一の物であることは明らかである。このことから、 「トランプと大アルカナは関係のない物である」ということになる。

小アルカナの起源が、アジアの数札であるとすれば、『騎士』のカードは、全体を56枚に揃えるために数札へと追加された4枚のカードと考えても良い。なぜ小アルカナを52枚ではなく、56枚に揃える必要があったのかについて、明確に答えを出すことは不可能に近いが、おそらく4元素の考えから、人物札も四種類なくてはおかしいと考えられたのではないだろうか。

また、タロットが占術に扱われだしたのは18年世紀以降であるとされているが、このことはタロットが元々

「正しい順番によって読み解く書物」

であったことを意味する。もちろん、大アルカナの図像が語る意味を理解できない者によって遊具の扱いを受けていたことを否定するわけではない。あくまで

「 読み解けた者にとって、大アルカナは遊具や呪具から書物へと変化する」

という意味である。しかしそうなると、

「大アルカナとは、ローマキ(リスト教)対、反ローマ(異教)の思想が描かれた書物である」ということなのだろうか。

・中世という時代

『大アルカナ』を『小アルカナ、トランプ』と分けて考えるならば、疑問は一つ解消された。すなわち、タロットにおいて重要なのは大アルカナであり、大アルカナは遊具などではない。

しかしまだ未解消の疑問がある。それは描かれた図像の意味である。タロットにおける図像の解釈として最も有名なものは、『ローマ対反ローマという対立構造』である。確かに、タロットにはそのような要素はある。しかし、それだけが描かれているとするのは間違いである。

タロットの図像を読み解くうえで、ヴィスコンティ版タロットの作られたとされる15世紀に起きた西欧の事件を一つ紹介する。

1453 年、オスマン帝国により東ローマ帝国が滅亡。この時をもって古代から続いたローマ帝国は滅亡したとされる。

繰り返しになるが、ローマ帝国は392 年の時点で、キリスト教を唯一の国教と定めている。以降、キリスト教会は異教、異端に対する迫害に終始していたため、異教的なモチーフが公の場に出てくることは則ち、それらに関わった者が異端審問にかけられることを意味する。

つまり、 「ローマ帝国の影響下にあった全ての国が、15世紀よりも千以上前からキリスト教化されていた」ということを考慮するのならば、

  1. 異教的な考えによって作られた大アルカナのみによる本来の『原タロット』は存在しない。
  2. タロットが制作された目的とは 「ローマ帝国のキリスト教化によって失われつつある古代の宗教を、文字ではなく図像として後世に残すことで迫害から守る」、あるいは「ローマ帝国の迫害から生まれた異教徒による復讐の物語」である。

深く考えずともこのような推測が可能である。しかし、1.2.の考えは正しいのだろうか。2.の考えは間違いとは言い切れない。しかしそれは、タロットの根本にある思想が、「中世に生まれたキリスト教への怨恨」であるということを意味しない。あくまでヴィスコンティ版以降のタロットなどが、 『ローマ対反ローマ』になっているというだけである。

つまりは1.に記した『原タロット』が存在した可能性はないわけではない。また、 「ローマ帝国の力が弱まりつつあった時代ならば、ある程度、他人に異教的思想の描かれたカード制作が露見しても問題は無かったのではないか」と考える者も居るだろうが、ローマ帝国崩壊に続く16~17世紀とは魔女狩りが活発化した時代である。ローマ帝国崩壊後、迫害は加速したということならば、そんな世界で、異教的な道具 (遊具であれ、呪具であれ)を扱っているなどと周囲に知られたら、裁判にかけるまでもなく、隣人の手によって火炙りにされたであろうことは容易に想像できる。しかし同時に、16~17世紀という大迫害時代の到来は、 「392年のキリスト教国教化以降も、ヨーロッパ各地において千年以上もの間、根強く異教的な考えが各地に残存していた」ということを意味する。

もちろん、現代の神秘思想群が、それら古代宗教の後裔であることは火を見るよりも明らかである。

これらの事実を統合して考えると、異教の考えのみによって構築された大アルカナのみによる原タロットは、キリスト教の迫害を逃れ、ヨーロッパ各地に存在していた。より正しく言うなれば、原タロットの形とは22枚のカードではなく、 「異教徒たちの語り継いでいた22章からなる物語」ということにならないだろうか。つまるところ「 ヴィスコンティ版もマルセイユ版も、原タロットにローマ対反ローマ思想を乗せた新しい作品群である」と言えないだろうか。

−1~

  1   次のページ