8番正義と12番吊るされた男は、現実での死と儀式的な死を意味する。だが、正義を見てこれが現実の死であるとは直感的に思えない。そこで、ウェイト版では11番の力が8番へと移行された。しかし、ウェイト版の8番力は、これまた現実での死をイメージできない。
マルセイユ版の11力の図は、女が獅子の口を開いている。獅子は王を象徴する生き物である。そのため、マルセイユ版における11力は、女王が王の廃位を決定する権力を握っていたことを図式化したカードに見える。しかし、なぜ11番なのだろうか。
ウェイト版では死のイメージがあった力の図像を変えて優しい女性とし、更には現実の死ならばと1~10の中、すなわち地上界のカード群へと入れた。それが間違いとは言わない。ウェイト版にはウェイト版なりの理由があったのだろうから。とにかく今はマルセイユ版タロットの話なので本題に戻って11正義の図を見てみよう。
この8番正義に描かれる女は女神だろうか。それとも女王や女神官だろうか。彼女の図像はギリシア神話における法の女神『テミス』に酷似していることは誰の眼にも明らかである。さらに、8正義の女は3女帝と同じく正面を向き、11力の女は右を向いている。このことから、8正義に描かれる女とは法の女神テミスなのだろうか。そうすると11力の女は太陽神ラー(魔術師)を殺してしまう法皇(元は女神官)のことなのだろうか。それならば、ウェイト版のように本来は8番が力(女帝と対になる神官?)で、11番が正義(天におけるテミスの裁き)なのだとも考えられる。しかし、殺される獅子の顔の向きを見て欲しい。右を向いている。
そも、マルセイユ版タロットに描かれる右向きと左向きの対比とは何なのだろうか。それは則ち太陽の運行を表したものであろう。文化によって左右は異なるが、少なくともマルセイユ版タロットにおいては、左が西、右が東であると考えられる。なぜなら新しく生まれてきた魔術師が←左向きであり、彼を待ち構える皇帝と法皇が→右を向いているからである。そして、右向きの者こそ、本来死すべき存在であると考えていることは、13死に描かれる生首の向きからも分かる。
つまり、11力に描かれる女神とは、メデューサのような「死を決定する老婆女神」が原型であろう。しかし、肝心の死神は13死にて←左向きの男死神(悪霊?)となってしまっている。また、力における女神は→右を向いているが、法皇や皇帝のように悪を象徴するものではない。このままでは埒が明かないので、一旦、11力に描かれたのは女が『女神』、獅子が『皇帝』であると仮定して、正義の話に戻ろう。
8正義が女神か人間かと言う話をだったが、この女性を「女神の模倣をした現実の女」と仮定して考えてみよう。女帝も同じく正面を向いているのだが、後に女帝は右向きとされ、すなわち魔術師を殺すことに加担していることを暗示するが、正義は常に正面を向いたままである。このことは正義が絶対的な善であることを意味する……わけではない。正義によって殺されるのはあくまで1魔術師である。マルセイユ版タロットは復讐の物語であり、王の身代わりとなって太陽神ラーが殺されることは確定している。つまり、正義の女も魔術師を助けはしない。そのため、正義の女は女帝と同一人物である(現実で聖王を殺す存在)と考えるのが妥当で、女帝が右を向くならば正義も右を向くべきであろう。
充分、正義の女が「女神ではない」と考えられるが、ここであえて、正義の女性を女帝ではなく正義の女神と仮定してみよう。
先ほど述べたテミスとは法の女神である。彼女は剣と天秤を持っているが、ギリシア神話における「正義」の女神はディケーであって、ディケーはテミスの娘にあたる。また、ディケーはローマ神話におけるユースティティアであり、ユースティティアはディケーだけではなくテミスとも同一視されたために、天秤と秤を持つことが多い。頭が混乱してしまいそうだが、一旦この女神は法の女神テミスではなく、正義の女神ディケーであるとしよう。
ここでヘーシオドス『仕事と日』から正義に関する文を以下に引用する。
「ペルセース(弟)よ。お前はディケー(正義)に従い、暴力を振るってはいけないぞ」
「暴力とは違う方角に、正義へと通じるもっと良い道がある」
「正義は最終的に暴力を打ち負かす。愚者は痛い目にあって初めて悟る」
これらの記述を考えるならば、正義に描かれる女とは、女神ディケーの声に従ったものの、暴力を用いてしまった人間を意味するのではないだろうか。冷静に考えて正義の女神が悪であるはずがない。となると、本来の正義とは違って「魔術師を暴力的に殺してしまう」ため、描かれる女性の図像はやはり右を向いているほうが正しい気がする。
また、ギリシア神話には、アストライアーという女神が存在する。以下はその神話である。
アストライアーは、黄金時代が終わってしまい、争いや欲望に囚われ始めた人間たちに正義を説いていた。しかし何度正義を説いても人は過ちを犯すので、彼女は人類の愚かさに失望し、天へと帰ってしまう。おとめ座とはアストライアーであって、てんびん座の天秤とは、アストライアーの天秤なのである。
ここからこうは考えられないだろうか。
「8正義」が人間の女性で、アストライアーの天秤を模した偽物の天秤(故に正しくない正義)だけを持って、地上の生贄を裁く(暴力による解決)という図像なのではないか、と。
以上のことから、マルセイユ版の並びである8正義という順番は間違いではないのだろう。ただ、マルセイユ版において、右と左という太陽神の生まれる東、太陽神が死にゆく西、という考えに善悪の概念を付け加えてしまったことにより、復讐の物語のなかで、8正義(前を向いている)や、11力(右を向いている)の図が、全体の調和を乱しているように思える。(例えば11力の女神が左を向いていたり、13死の死神が右を向いていたのなら問題がなかった)
さて、ようやく8正義と対になる12吊るされた男の話になる。彼が組んでいる足は4の字となっており、これは現実の4元素を指す。それが逆になっているので、彼は死んだと言うことを意味する。しかし、あくまで儀式的な死である。4皇帝の足も4の字に組んでおり、これは現実における統治者を意味する。なぜ天界のカード群である12番で、儀式的な死が行われるのだろうか。8正義との関連性もよく分からない。ここで一旦、吊るされた男の許になっているであろうオーディンの物語を紹介する。以下は吊るされたオーディンの神話である。
オーディンはルーンの秘密を知るために、世界樹(オーディンの馬=絞首台)で自ら首を吊った。九日九晩の間吊るされたオーディンは、ルーンの知恵と共に生還した。
以上の事から、吊るされた男は本来の図像を残していると考えられる。すると、正義とはその逆で、現実における死という図像なのだろうか。説明は後の隠者へと続く。


9隠者と11力は、11力が全体で浮いているカードなので一旦保留し、隠者の意味から考えてみよう。
隠者は←左を向いているので、これは魔術師と同一人物であることが分かる。なぜ老け込んでいるのかという話だが、生贄とされた聖王(魔術師)は、季節神として殺された、ということを理解しなくてはならない。すなわち、聖王は殺される日までに春から冬までの「五つの時期」を体験する。古代ギリシアにおける五つの時期(季節と考えても良い)が一年の何処にあったかは都市国家ごとに違っていたので詳しくは分からない(筆者はそこまで詳しくない)。ただ、聖王が農耕から生まれた季節神であるとするなら、プレアデスの時期(4月中旬から5月中十の間だけ、聖王は生きている)の考えを取り入れても問題はないだろう。
6~10のカードが五つの時季を表していると考えれば、6恋人は春、7戦車はプレアデスの不在、8正義は夏、9隠者は秋、10運命の輪は冬なのだろうか。これは間違いではないのかもしれないが、ギリシアなど地中海の耕作を考えてみると、秋は刈り取りの時季ではない。刈り取りの時季はプレアデスの不在後となる。すなわち初夏である。そのため、6番は冬、7戦車は春、8正義はプレアデスの不在、9隠者の夏、10運命の輪の秋。となる。
これらのことはルネサンス期において隠者がサートゥルヌスと関係している、と考えられていた点からも間違いないだろう。サートゥルヌスとはギリシア神話におけるクロノスの事である。クロノスと同一視するのなら、去勢された魔術師はその後、大地にばらまかれるという筋書きだったのだろう。クロノスの男性器が鎌で刈り取られる穀物を象徴しているならば、9賢者はクロノスの刈られる夏とするのが丁度良い。つまるところ、6恋人、7戦車、8正義、9隠者、10運命の輪とは、生贄の儀式が図式化されたものであり、それらを主導しているのは8正義となってしまう。ここまで証拠が揃うと、8番の正義に描かれる女性は、女神ではなく3の女帝であることは間違いない。
では、これらの考えから逆算して11力を考えてみよう。マルセイユ版において、本来死すべき王は4皇帝である。となれば、11力によって口を掴まれている右向きの獅子とは、既に殺された生贄である左向きの魔術師ではなく、右向きの本来死すべき4皇帝である。9隠者は本来殺されるべきではなかった生贄の聖王が性的能力を強制的に剥奪されてしまったことを意味し、力は本来死すべき王の牙(男性器)を抜こうとしているとも考えられる。このことから運命の輪で聖王を生贄に捧げた4皇帝も、結局は11力の象徴する老婆女神メデューサの邪眼からは逃れられなかったということになる。また、復讐の観点で言えば、正義が11力において、女神の正しい力によって行使されたとも考えることが出来る。おそらくジャン・ノブレもそう考えていたのかもしれない。後にウェイト版が11正義とされたことから、アーサー・ウェイトもそう考えていたのかもしれない。
しかし本来の11力とは『時の力』であろう。そこに善悪はなかったはずだ。何者も逃れられない時間が齎す死は、13死ではなく11力にこそ与えられるべき名前であろう。また、その死とは再生がセットであることも忘れてはならない。故に痛ましい描写のみが描かれると言うのはおかしい。


次回は例外となってしまっているカードの考察
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